城内はシン…と静まり返っている。
(こんな時間に出歩くなど、俺くらいなもの…か)
エフラムはなるべく足音を立てないよう、注意を払って廊下を進んだ。
(星が綺麗だ…)
夜空を見上げてフと顔を緩ませる。
縁に両腕を預けて、広い闇と輝く星に目を向けて、息をはいた。
夜風が優しく髪を揺らす。
(ん…?あれは)
ふと視界に捕らえた黄色に、エフラムは少し身を乗り出した。
下の階のバルコニーに、人影を見つけた。
笑みを浮かべその場を離れると、早足で移動した。
彼はまだ、同じ場所にいた。
細かい動きを見せる右手は、逆の手に持たれたスケッチブックに向けられていた。
手元に落とした節目がちで真摯な瞳の、淡い光に照らされた表情は、普段あまり見られないものだった。
(…何だか不思議な感じだ)
エフラムは苦笑して、ゆっくり彼に近づいていった。
声をかける前に、向こうもこちらに気付いた。一瞬驚いた顔をしてから、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
同じように笑みを浮かべて、エフラムは名を呼んだ。
「フォルデ」
「おや。こんな時間にどうしましたエフラム様?」
「目が冴えてしまったから…夜の散歩だ。お前こそ…こんな時間に何してるんだ?」
「ええ…俺も目が冴えたんで、ちょっと気晴らしを」
「絵か…昼間見たのとは違うな」
「これは今描いてるもんですから」
エフラムが覗き込むと、フォルデはスケッチブックを見やすいようにずらしてくれた。
「…ここからの景色ではないようだが…」
「あ〜実は昼間描いてたもんなんですよ。途中でカイルの奴に止められてしまって。だから思い出しつつデッサンの続きを…」
「……昼間」
「……あ」
「俺と離れた後、またそんな事をしていたのか!?」
「……はい、スミマセン」
フォルデは頭をかきつつ、目線を逸らして謝った。
エフラムは大きな溜め息をはいて、手を差し出す。
「……」
察して、彼はスケッチブックを渡してきた。
受け取った絵に視線を落としながら、エフラムは淡々と言った。
「…絵を眺めている以上に危ないことだ」
「…はあ」
「カイルが止めるのも無理ない…戦場なのだから」
「……ごもっともで」
「…ほんとお前は……色々と器用な奴だな」
「…まあ……え?」
フォルデが怪訝な顔をしながらこちらに視線を戻したので、エフラムは笑みを投げた。
「このデッサンも、良いものだ。とてもそんな最中描いていたとは思えない……粗さの中にもどこか気品があって」
「エフラム様…?」
「俺は、お前の絵が好きなのかも知れないな」
「…それは…勿体無いお言葉。痛み入ります」
フォルデは右手を胸に添え、大仰に頭を下げた。
「また、見せてくれ」
「喜んで。今度はちゃんとしたものを見せますよ」
スケッチブックを返すと、フォルデは表紙まで捲って紐を閉じた。今日はもう描かないようだ。
(…邪魔したのは俺か)
少し申し訳ないと思いつつその作業を見ていると、
「気にしないで下さい。エフラム様とこうして話せたことのほうが、俺は嬉しいですから」
笑ってフォルデは言った。
(よく見ているな)
…いつも思う。
言動は軽くて調子のいい奴だが、周囲への気配りには抜けがない。
(だから、こんな事も出来てしまうんだな)
そういう臣下だから、エフラムはさほど心配はしていない。
「…フォルデ」
「はい?」
「俺はお前を信頼しているから、大丈夫だとは思う。だか…やはり戦場で絵は…控えてくれ。大体…」
したり顔で続ける。
「俺に咎められると思ったから隠したんだろ…なあフォルデ?」
その言葉に、彼は肩をすくめた。
「ま、そーなんですけどね。美しい景色を見ると、つい芸術心が疼いてしまって。その衝動を止められないというか…」
「…ふうん?」
「…判りました…控えますよ」
フォルデは両手を軽く挙げ、降参のポーズを取った。
「……」
(これ以上は言うまい)
軽い返事に少し引っ掛かったが、エフラムはあえて無視した。
(俺も人の事は言えないしな)
フ…と苦笑すると、フォルデが目で問いかけてくる。
「いや…俺も今日、カイルに咎められたのを思い出した。小さな怪我でも特攻するな、とな」
「…心配性ですからね。エフラム様の腕は信用しているくせに」
「ああ、解っている。だから返事をした…口だけだって、バレてるだろうけどな」
「しっかり、バレてます。一生懸命対策練ってましたよあいつ。覚悟しといた方がいいかも知れませんね」
「…そうか…。お前は、どう思う?」
「俺は、悪くないと思いますがね。力強い指揮官が先陣を切れば、皆勇気づけられる。無理はいけませんが…貴方は引き際も心得ている実力者ですから」
「…俺は無謀なことはしない」
「それを身を持って知る俺は、エフラム様に咎めることはないですよ。ただ…」
「ただ?」
「俺のような奴ばかりでは、ないですからね」
「……」
フォルデはこちらの目を真っ直ぐに見て、ゆっくり言葉を紡いだ。
明らかに含みを込めた、言葉。
(強くは言わないが…)
やはり…示唆しているのだろう。
…もう近い未来に来るであろうその時を。
(だから、自分寄りの考えだけでは駄目だということか…)
「…分かった。二人の意見を踏まえて、今後を考えよう」
「少しずつ…見直すいい機会だと思いますよ」
「そうだな。…もう時間は戻りはしないのだから…」
「……ええ」
憂いの沈黙を埋めるように、やわらかな風が二人に届く。
髪を遊ばせたままに、フォルデは空を仰いで言った。
「ま、見直さなきゃいけないのは、俺の戦場態度の方だって感じですけどねぇ」
その軽い口調に、エフラムは思わず笑ってしまった。
「…ホント調子のいい…。まったくだぞ」
「絵を眺めていたのは、少しルネスを思い出したからなんですけど」
「……」
「その後デッサンなんてやってしまったのは、貴方にああ言われたからですよ、エフラム様」
「…俺の言葉?」
「…浮かれたんじゃないですかね…大人げもなく」
他人のことのように言って、フォルデは肩をすくめた。
「…そうか」
何だか、こちらまで嬉しくなった。
その時見た彼の絵を思い出し、エフラムは言った。
「…この頃…昔のことをよく思い出すんだ。ルネスを離れて、随分経つからだろうか」
「ええ、そういうもんですよ。そこかしこから昔話が聞こえますからね」
「そういうものか…」
祖国に思いを馳せれば、昔を思い出し。それを語れば、絆や想いがまた強くなる。
(…今頃エイリークは…)
「…エイリーク様が心配ですか?」
「!!」
タイミングよく言い当てられ、エフラムは目を見開いてフォルデを見た。
「それはもちろん、ですよね。でも…とてももどかしく感じてると思って」
「…ああ、その通りだ。エイリークのことばかり思い出すのは、こんなにも長く離れているから…。なあフォルデ!」
「な、何です?」
「やはり、ゼトだけでもエイリークと共に行くべきだったと思わないか!?ゼトは父上からエイリークを任されたわけだし、それに絶対、あいつは彼がいるだけで随分その、安心できると思うんだが…」
「……クッ…ハハ…」
「?何だ…?」
「…いや、エフラム様、それはつまり…二人はイイ感じだと…気付いてます?」
エフラムの勢いがツボに入ったのか、フォルデは笑いながら聞いてきた。
「……ああ、つまりそういう事だ」
少し憮然として返すと、彼は意地の悪い含み口調で言った。
「いいんですか?大事な妹をそんな可能性のある相手と二人…なんて」
「いや…むしろ彼なら、俺が安心してあいつを任せられる…幸せにしてやれるだろうと思える、唯一の存在だと思うんだが、どうだ?」
「そうっ…ですね。将軍とエイリーク様は見た目にもお似合いですし。身分に…こだわらないのなら、俺もイイと思います、よ」
「フォルデ…何がおかしいんだ?俺は真面目に言ってるんだが」
「すみません…だから余計というか。あまりにも真剣でいらっしゃるんで、兄というか父親のようだなと」
「フォルデ!」
ハタと我に返って、エフラムは顔を紅潮させて咎めた。
「悪く言ってるんじゃありませんよ?その飛躍っぷりが寧ろ微笑ましいと…」
「……もういい。確かに、先走りすぎだな」
エフラムは大げさに溜め息をついて、恥ずかしさを追い払おうとした。
(どうも、妹に過保護になりがちだな…)
「…でも…うまくいくと良いですね。エフラム様がお許しであれば、あとは二人の気持ち次第ですし」
「…まだ言うかお前は」
「すみません。じゃ、話を変えましょう。そういうエフラム様はどうなんです?」
「俺か…考えたこともないな」
「…そうですか」
「お前は?」
「いませんよそういう人は。一人で気楽な性分なんで」
「……っぽいな」
「ま、無理して作るもんでもないですしね」
軽くそう言うフォルデの横顔を、エフラムはじっと見た。
(確かに、言われて納得もするんだが)
この、引っ掛かりは。
(…じゃあ…俺達は?)
「話逸れてしまいましたが…エイリーク様は大丈夫ですよ。これだけの人の心を動かし、遠征を果たされた立派な方ですし…それに、貴方の妹君ですから」
「……ああ、ありがとうフォルデ」
振り返った彼の笑みに、エフラムも笑顔で答えた。
(そうだ…きっと大丈夫だ。…リオンだって…何かの間違いだ)
それから。
(さっきの話は恋愛のことだろう……何を考えてるんだ俺は)
「…エフラム様」
「!…何だ?」
「そろそろ、休んだ方がよくないですか。明日には、出発でしょう?」
「ああ、そうだな。随分話してしまったな。すまない」
「いえ。俺は楽しかったですよ。こちらこそすみません」
「…俺もだ。良かったらまた、付き合ってくれ」
「ええ…いつでも」
部屋に戻ると、急激に眠気が襲ってきた。
(色々話したお陰で、気持ちが軽くなった気がする…ちゃんと眠れそうだ)
「フォルデが、あそこに居てくれて良かった」
小さく呟いて、エフラムはベッドに再び潜り込んだ。
fin.
この二人の関係に夢見過ぎだな……(笑)
過去話したり、自分の妹弟自慢したり…主従でもそういうこと語り合える仲っていいなあと思ったので。
ゲーム上無理でも、私の中では常に支援A関係で…!あれよかったからな〜。
※少しスクロールすると、最後部分がエフラム×フォルデなCPバージョンがあります。会話羅列。
かなり唐突なので矛盾も出ちゃっていますがそれでもよろしければどうぞ。
(2004.11.5)
「…エフラム様」
「!…何だ?」
「そろそろ、休んだ方がよくないですか。明日には、出発でしょう?」
「ああ、そうだな…。…だが…」
「…?どうしました?」
「このまま別れるのは…ちょっと惜しいな」
「……エフラム様…」
「……久々に、ゆっくり話せて嬉しかった」
「俺もですよ。その為に、目が冴えたのかも知れませんね」
「…そうか…。ならなおの事、今を逃す手はないな」
「…逃す手って…。こんなトコで…人が来たらどうするんです?」
「平気だろう。今までだって気配すらしなかったんだ」
「……」
「…フォルデ…俺は、少し悔しかったんだ。…今日までお前の趣味を知らなかったこと」
「…それは…」
「こんなに長く、共にいるのに…気付かなかった自分が…な」
「…さっきご指摘された通り、咎めらると思ってエフラム様の前では真面目にしてましたから。
知られたくなくて隠していた訳ではないんですけどね…」
「…だが…別にこういう時ばかりではないだろう…」
「……俺が悪かったですよ」
「お前が謝るな…」
「いえ…貴方がそんな顔をするから」
「……フォルデ…」
「それじゃ、そのお詫びということで」
「…うん」
…………………。
「………エフラム様。俺、触れるだけのつもりだったんですが」
「…合わせた時点でお前の負けだ」
「……確かに」
「フォルデ。お前が嫌なら先はしないが」
「…って、するつもりだったんですか!?」
「場所は変えるが?」
「…エフラム様…ホント、どんな時でも怯みませんね…」
「フォルデはこういう時保守的だな。…立場的にというなら、それは忘れてくれ。それとも、やはり今は嫌か?」
「……嫌なわけ、ないじゃないですか。少なくとも俺の気持ち的には」
「お願い、だ。フォルデ」
「……ズルイですね…。…本当に、バレないと?」
「ああ、見つからない」
「…分かりました。エフラム様がそう言うなら大丈夫でしょ、きっと」
「有難う。じゃあ行こう」
「…手を繋いで?」
「ああ、逃げないように」
「逃げませんて」
「…他の理由を俺に言わせたいのかフォルデ?」
「……いえ、十分です、エフラム様」
fin.
……妄想は色々できるのに、文章にすると申し訳なくなるのは何故だろう…(苦笑)
お陰で一応あるのにこの先が書けません。うん、やめたほうがいい(笑)
フォルデ×エフラムかな〜って最初思ってたんですけど…
どうやらエフラム×フォルデっぽいですね。ああもう結局そうなのかお前は…という感じ。
いやもうどっちでもいいよこの際。王子が押せ押せなのが重要なのよ。
(2004.11.9)